この物語は、ビジネスにおいて悩みを持った人のもとに、不思議な男が現れて様々なアドバイスをしていくという問題解決ストーリーです。※登場する一切はフィクションです。小説家ではありませんので、どうぞ温かい目でご覧ください。
マイルストーン
プロローグ
ある日の夜。新宿のバーで田山美香は一人お酒を飲んでいる。
彼女は都内の商社に勤めるOLだ。現在28歳だが、高校を卒業してから現在の会社で働いているので、今年で勤続10年目になる。部内の入れ替わりを何度か繰り返し、勤めているOL仲間の中ではベテランになっていた。
そんな彼女だが、最近仕事に対する悩みを抱えていた。
(はぁ…、仕事辞めちゃおっかな…。毎日毎日似たような仕事ばかり。それもお茶汲みだったりコピー・データ入力・書類作成・電話対応…他の人でもできそうなことばかり。自分がいる意味ってあるのかなぁ。)
最近は親にも相談して、辛いなら実家に帰ってこいとも言われている。
そんなことを考え、ついため息が出てしまう。空になったグラスを上げて、「シェリーをもう一杯。」とバーテンダーに言う。
すると横から、「お酒は楽しく飲むものですよ。」と声がかかる。
横を向いて見てみると、一つ離れた席に奇妙な格好の男が座っていた。
ナンパかと思って無視しようとしたが、トレンチコートにソフトハットを被っているその男に対しては不思議と言葉が出た。「楽しく飲んでるわよ。」
男は続けた。「いまのあなたを見ていると、何か悩み事があってそのストレスを発散するために飲んでいるようだ。どうです?ひとつ私にあなたのお悩みを聞かせていただけませんか?少しは気が紛れるかもしれませんよ。」
美香はその男をじっと見た。薄暗い照明の下で、男は帽子を被ったままなので顔がよく見えない。
「あなた誰?」
「私が誰かは、どうでもいいことです。大事なのは、あなたの悩みを聞くことなのですから。」
答えになっていなかったが、その男の声の抑揚は人を落ち着かせた。美香はふっと笑い、なんだか話してもいい気分になっていた。
「じゃあそのどうでもいいさんに、聞いてもらおうかしらね。」
そう言って美香は、新しいグラスに入った液体を一口含み、話し始めた。
(しばらくして…)
「……なるほど。毎日の仕事になんの意味があるか、ですか。」真横に移ってきた男がグラスを傾けながら、美香に言った。グラスの中の氷がカランと音を立てる。
「えぇ、そうよ。今日も明日も同じような仕事ばかりして、他の人でもできるようなことのためにいるんだと思うと、『私って一体なんのためにいるんだろう』って思っちゃって。」
「なるほど。あなたのいる意味ですか。そうですね…」男が何を言ってくれるのか、美香は少し期待してみた。
「ないんじゃないですか?」男があっさり言う。
「……えっ?」
「ですから、あなたがいる意味ですよ。」
美香は開いた口が塞がらなかった。「っ!あなたねぇ!普通はもっと優しい言葉をかけるところでしょうそこは!『そんなことはない。あなたがやっていることはとても立派ですよ』とか!」
美香は急にイライラしてきた。お酒が入っているからか、普段よりテンションも高い。
「ふん!いいわよどうせ!どこの誰とも知らない人に話すようなことじゃなかったわ!マスター! チェックしてちょうだ」「あなたがいまの考えのままだったなら、あなたがいる意味はありません。しかし、もしあなたがマイルストーンがはっきりしていれば今見えている景色は全く違うものになるでしょう。」
この場を去ろうとした美香の言葉に被さって男が話す。
「…何よ。マイルストーンって。」美香は立ったまま男に尋ねた。目つきが少しすわっている。
「まぁ座ってください。まだ夜は長い。私の話はこれからです。」男はそう言って、いま飲んでいたスコッチウイスキーのロックをバーテンダーにもう1杯頼んだ。バーテンダーは軽く会釈して、新しいグラスを用意する。
目標までのポイント
「さて、先ほどのお仕事の話ですが、お嬢さんは」
「美香よ。」名も知らない男のお嬢さん呼ばわりに美香が反応する。
「失礼。美香さんは、なんのためにコピーを取るのですか?」
「なんでって。上司に頼まれるからよ。仕事よ仕事。」何を聞くのかと思いつつ、そう答えた。
それを聞くと男はふっと笑った。
「そのような考えだから、先ほどのように自分にも仕事にも価値を見出せなくなるのですよ。」
「何よ偉そうに!」美香は右隣に座っていた男のすねを蹴りたくなり脚を上げたが、避けられてしまった。
「それよりさっきの話をしなさいよ!なんなのよマイルストーンって。」
「そうですね。先にそれを説明しておきますか。マイルストーンとは、目標に向かうまでに立てるいくつかの大事なポイントのことを言います。」
「ポイント?」美香は肘をカウンターにつけ、あごを手のひらに乗せて話を聞いている。
「そうです。例えば、良い大学に入るには勉強しなければいけません。」
「当たり前じゃない。」馬鹿なの?という目を向けながら、美香は話を聞いていた。
「勉強するためにはどうしますか?」男が美香に聞いた。
「どうするって、参考書を買って自分で勉強するなり塾に行くなりするわよ。」
「その通り。では参考書を買うにはどうすればいいでしょう?」
「そんなのネットで注文するなり本屋に行って買うなりするわよ。っていうか、さっきからなんなのよこの質問!」
「これがマイルストーンです。」
「はぁ?」男の言葉に、美香は口を大きく開けて分からないアピールをした。
「良い大学にいく。そのためには勉強する。勉強するためには参考書を買う。参考書を買うためには書店に行く。この行動こそが、目標から考えた大事なポイント、つまりはマイルストーンなんですよ。」
「なーんだ。そんなこと?簡単じゃない。要は目標を達成するために何をしていくかってことでしょ。」
「その通り。そしてマイルストーンが分かれば、コピーをとるのも楽しくなるはずですよ。」
男のこの言葉に、美香はまた分からなくなった。
納得して仕事をすると楽しくなる
「なんでここでコピーの話に戻るのよ。」
「コピーでもデータ入力でも、あなたの仕事のことならなんでも構いません。それらは全て、何か目的があってしていることですよね?」
「そりゃそうよ。仕事だもん。上司のためにしていることよ。」
「ではこう考えてみましょう。なぜコピーを取るのですか?」
「だから言ったでしょ。それが仕事だからよ。」
「そうではなく、そのコピーがなんの役に立ちますか?」
「ええっ?そりゃあ…、会議で使うものだから、会議の効率化を図るのに役立つわよ。」
「では、何のために会議の効率化を図るのですか?」
「多くの人に見てもらって問題を共有して、改善したりするためよ。」
「では、なぜ問題を改善するのですか?」
「決まってるじゃない!それで問題が解決できたらお客のためになって、会社の売り上げにつながるからよ!」
「はい、それです。」男は両手をカウンターの上で組んでそう答えた。
「えっ?」美香は男の言っていることがよく分からなかった。
「あなたはいま、自分で答えを出せました。なぜコピーを取るのか?それはお客のため、会社のためになるから。そうですね?」
「そりゃあ、最終的にはね。でもそんなの全然違う話すぎて訳分からないわ。」
「確かに、そこまでいくのにはいくつか段階がありましたね。それが、マイルストーンなのですよ。」
「これが…マイルストーン?」美香は男の言うことがいまいち把握し切れていなかったが、気づかぬうちに話に集中していった。
「コピーを取る最終的な目標はお客のため、会社のため。そこまでのマイルストーンが、効率化を図る、問題を改善するなどに当たる訳です。まあ、本当はもっと具体的なものなのですがね。
あなたのやっていることは、そのコピーした資料を使う多くの人の役に立ち、その人たちは会社のため、お客のためになる。どうです?そうやって考えると、あなたのやっていることは何一つ無駄ではないのですよ?コピーだけでなく、他の仕事だってそうです。」
男にそう言われ、美香はこれまでやってきた仕事を振り返った。
コピーも、データ入力も、書類作成も、ただ目の前の仕事を来る日も来る日もこなしてきた。仕事だからと言う理由でだ。それが当然だし、他に理由なんてないと思っていた。しかし、横に座っている男の言う通り、それらにはもっと大きい意味があったのだろうか?
「…例え私がやっていることに意味があるとしても、楽しくなんてならないわよ。」
「果たしてそうでしょうか?ではデザイン1つ考える時も、コピー1つ取っても、”必ずこの行動が世界を変えるんだ”と信じて疑わない世界トップ企業のGaagleの社員はどうでしょう?
何となく目的も分からずコピーを取っている人と仕事の質もモチベーションも一緒でしょうか?
そんな実際に世界を変えた集団でも、あなたがこれまでにしてきた仕事と同じような内容の業務は、沢山あったと思いますよ?」うつむいて目を背けながら答える美香に対して、男は話し続ける。
「マイルストーンを明確にして取り組む仕事と、嫌々やる仕事の質の違いは明らかです。目的を理解して取り組む仕事には、楽しさも感じることができるはずですよ。」
ここまで畳み掛けるように話した後、少しの間二人に沈黙の時間ができた。
「…それがお茶汲みでもコピーでも?」ようやく美香が沈黙を破った。
「お茶汲みでもコピーでも書類整理でも、何でもです。あなたのやっている仕事は、誰かのために役に立っている。その誰かもまた、他の誰かの役に立っている。人はみなつながって生きているのです。あなたがその場所にいる理由は、ちゃんとありますよ。」
男の口調が一層優しくなっているのに気づき、美香は少しだけ顔を上げ目の前のグラスをじっと見つめる。
ただこなしてきただけの日々の仕事。でもそれはちゃんと誰かの役に立っている。つまらなく感じていたのは、その目的を私が分かっていなかったから。ううん、忘れていたから。
美香は昔を思い出していた。会社の商品を通して笑顔になるお客様の顔が喜びだったこと、自身が実際に入社前からここの商品のファンで”こんな風に沢山の人が喜んでくれる世界を少しでも広げたい”と思った事。
そんな思いで仕事をしていたのに、いつの間に仕事だからと考えてただこなすだけの作業にしていたんだろう。
それを明確に思い出し、全てがお客様の笑顔に繋がっている仕事なんだと、彼女の中でフッと視界が開けたようだ。
美香は大きく息を吸って、ふーっと鼻から息を吐き、顔を上げた。
「…そうね。あなたの言う通りかもしれない。私がやっていることも、誰かの役に立っているのね。」
そう言って男の方を振り向いたが、いつの間にか男は消えていた。
エピローグ
翌朝。支度を終え出勤しようとしていた美香の携帯が鳴った。電話してきたのは実家の母親だ。電話に出る。
「もしもし、お母ちゃん?うん、元気よ。…うん。あのね、この前話したことなんだけど、やっぱりもうちょっとこっちで頑張ってみるね。…うん。私を必要としてくれている人たちもいるし。」
少しだけ会話をして、電話を切った。
今日は何だか足取りが軽い。”出社が楽しみだ”と思える感覚はいつぶりだろうと少し微笑みながら、彼女は今日も同じ仕事をするため駅に向かって歩き始めた。
完
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